March 30th, 2008 by
hiromi_iuchi
六本木のインターネット・カフェから書いています。夜景が綺麗です。
なんだか、いろいろありました。いっぱい、話したり、、。
写真家のマキちゃんと、衣装デザイナーのさとこちゃんと作品の前でポートレイトを撮ったり。。。
写真の上がりが楽しみです。そろそろ、その写真とともにウェブをリニューアルします。
明日、帰ります。
満開の桜をみれたし、
早く帰ってまた絵を描きたい。
ちょっと混乱している。絵に向かえば、またすべて忘れられる。
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March 11th, 2008 by
hiromi_iuchi
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『金閣寺炎上』
『巣穴・開放』の展示は2部屋からなる。オブジェとドローイングで構成した部屋と、大型のキャンバスが占める部屋。
タイトルどうり、巣穴と、開放の部屋である。
そのちょうど中間に位置して、2つを繋ぎあわせる絵がこの『金閣寺炎上』である。
金閣寺には深い思い入れがある。
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18歳の時に三島由紀夫の金閣寺炎上を読んで、深い感銘を受けた。
ちょうど、夜中に読み終わり、その時金沢に住んでいた私は、チケットを買いに走って、次の日の始発電車で金閣寺を訪ねた。
京都駅から衣笠行きのバスに飛び乗り、朝9時の開門を待ち、弾む胸の鼓動をおさえて砂利道を進んでゆくと、冬の朝霧に包まれた金閣が、まるで鳳凰がひらりと水辺に舞い降りたように華奢にたたずんでいた。
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私が始めて金閣寺を訪れたのは12歳の時、雨だった。
7年後
三島を読んで再び訪ねる
7年後
京都に1週間滞在していたある雨の日、また金閣を訪れた。
傘をさしながら庭園を行くと、静寂に包まれて、3人の私を見るような思いがした。
時は流れ行き、私はただ通り過ぎる。
幼い私の手をそっと取り、2人で燃える金閣を眺めた。
12歳の私の孤独と
18歳の私の燃える闘志と
25歳の私の放心
とけあって、もえて、宇宙が堕ちてくる
もう何もかもどうでもいい。
私自身の芸術以外のことは、
私は私に、勝ったのだ。この絵の中の戦いで。
もっとこわせ、ごうごうと煙を上げて、自由に舞い上がれ!
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『金閣寺炎上』あらすじ
主人公養賢は吃音のため自己の意思や感情の表現が出来ず、戦前当時の軍国的な若者達、同年代の女性達と自分との間に精神的な高い壁を感じていた。養賢には吃音以外、身体に何の障害も無かったのだが、それだけの為に青春期らしき明るさも恋愛もすべて放棄して生きていた。養賢は少年期より父から金閣寺の話を繰り返し聞いていた。その話の金閣は、常に完璧な美としての金閣であり、養賢は金閣寺を夢想しながら地上最高の美として思い描いていた
寺での養賢は当初、理由は分からないが住職にかわいがられている存在であった。母は養賢が将来の金閣寺住職になることに強い期待を抱いていたが、養賢にはそのような俗欲が無い─と言うよりも端から理解できず、そして母の期待に応える気持ちも無いため、大学を休んだり金閣寺を抜け出したりしては叱責されていた。母は必死に住職に謝ることで何とか養賢の将来をつなごうと努力するが、養賢は住職が愛人といるのを偶然見かけた後、住職にその事を揶揄することで、自ら決定的に将来の望みを断ち切った。自己の将来を完全に断ち切り、世俗的な自分の存在理由を無にしてしまったその後、養賢は自己の美学を完遂すべく金閣寺の放火を決意する・・・。
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作品「金閣寺」は非常な美文の集合体のような作品であり、作品全体に金閣寺を支柱とした美術的な美しさと儚さに溢れている。金閣寺は、それが人間の作品であるにもかかわらず、その前における人間の行いや感情は汚さ、弱さに溢れていた。ただ、儚さだけは共通であったかもしれない。
金閣寺を主人公の養賢は、はるか室町時代から続き永劫に続くと思われながらも、実はいつ破壊されるとも限らない完璧で永遠で儚い美として捉えていた。そしてその観念は自己の不遇と孤独の中で実際の金閣よりも遙かに強力な、精神的な美として象徴化し固定化していた。
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March 4th, 2008 by
hiromi_iuchi
昨日から会場で展示の準備を始めました、まだなかなか、終わりそうにないけど、頑張って最高の形で見せられるようにします!
さ~、今日もがんばろう
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